菟田の高倉山
(うたのたかくらやま)




吉田初三郎 絵葉書

イワレヒコは宇陀の高倉山に登って国中を眺めたと日本書紀にあります。この事から宇陀は国であったことと、宇陀中が一望できる場所だったと取れます。条件に当てはまるのは、宇陀松山城があった古城山が考えられます。大宇陀守道の高角冲社に高倉山顕彰碑が建てられています。他にも福地岳など候補地があります。