宗祐寺

良栄山と号し融通念仏宗。
永録2年(1559)に織田信長の臣服部宗祐が入道して多聞院に住持し、信長が黄金を布施して堂宇が再建され、天正10(1582)、信長の命により宗祐寺と改められました。
国重要文化財では、木像多聞天立像(平安時代)、絹本著色仏涅槃図(鎌倉時代)があります。