室生寺

室生寺は、天武天皇9年(680年)、役小角の草創、空海の中興という伝承もありますが、記録で確認できる限りでは、奈良時代最末期の草創と考えられています。『続日本紀』や『宀一山年分度者奏状』によると、奈良時代末期の宝亀年間(770年〜781年)、時の東宮・山部親王(のちの桓武天皇)の病気平癒のため、室生の地において延寿の法を修したところ、竜神の力でみごとに回復したので、興福寺の僧・賢mが朝廷の命でここに寺院を造ることになったと記されています。
その後、造営は同じ興福寺の僧である弟子の修円に引き継がれ、現存の室生寺の堂塔のうち、この時期(9世紀前半)にまでさかのぼると見られるのは五重塔のみであり、現在のような伽藍が整うまでには相当の年数を要したものと思われます。