脇坊持宝院
 室生寺には頭塔としては不動院・持宝院の二力寺が明治の頃まで存続したが、そののち廃された。
持宝院は弥勒堂の下方に当たって建っていた。当院の本尊は身丈三尺の地蔵菩薩立像で俗に柑子立像といわれる。宝亀年中に賢憬が室生山寺を経営した時、聖徳太子作の十一面観世音を安置したのに、本尊婦女の身を現じて女人成仏の妙法を説いて、「竜女は仏になりにけり、などかわれらもならざらん、五障の雲こそ厚くとも如来の月はかくされぬ」と歌われた。この故に弘法大師は持宝院を置いて旧跡を保存したという。これは室生寺の女人高野といわれた一伝説である。
当院も優婆塞が俗別当となり僧一人が住職を命ぜられて、山内他出、世務を司り、山主を輔翼し、室生寺禄を配分されていた。当院に安置する身丈四尺の多聞天像、持国天像は弘法大師作と伝えられ、もと二天門の本尊であったが、二天門焼失後、当院に移された。当院廃滅後、本尊地蔵尊は弥勒堂へ移された。